古書店主に勧めてもらった山の文芸誌『アルプ』

古書店で「おすすめの文芸作品はありますか」と店主に尋ねた。

店主はレジのすぐ横にある棚にずらりと並べられた、『アルプ』という山の文芸誌を勧めてきた。

どの表紙にも、HG明朝Eフォントのような、高級感のある「アルプ」の文字と山のイラストが書かれている。

例えば山のてっぺんから、からっ風が吹いているようなイラスト、りんごの中にアルプスの山が描かれているものなど。店主はどうやら『アルプ』がお気に入りらしい。ぼくに勧めたくせに、ひとり読みふけりはじめた。

『アルプ』用に、綺麗に整えられた棚の一角にから、適当に1冊を取り出して即決購入。1979年1月に発刊され、251号と書いてある。

驚いたのは、まず裏表紙に山をモチーフにした美しい版画が描かれていること。各執筆者ごとにエッセイが綴られており、時折モノクロの山岳写真が挿入されていること

なにせ元写真部、白と黒だけのシンプルな表現は、直線的な形をした山にピタリと合う。モノクロ印画紙の豊かな階調が奥行きを感じさせ、けれどもストレートに映しだすからこそ、荘厳な山がよけいに畏怖の念を与えてくるようだった。

自分が生まれる前に丁寧に作られた文芸誌の質の高さに驚かざるを得ない。

そしてぼくは『アルプ』の端を浴槽に付け、濡れた手で雑に読んでいる自分を客観視するだけでセンセーショナルな風景だと思った。つまり風呂の中で、贅沢にも2時間読んだいた。ら、のぼせた。

風は時々足許の雪を細い縞にして流したが、青い夕暮れに先立って、空はほんのりと赤らんだ。だがそれも数分とは続かずに、星を一つ見付けた。

編集をしているのは、上の一節を書いた串田孫一さん。好きな文言だ引用した。

カモシカがこの地球上に存在することに、そしてクマにシカにキツネにタヌキに、……、いろんな動植物が存在しているこの事実に、この生物界の多様性に人々は、なぜもっともっと素直に驚いてくれないのだろうか。

上記の一節は、小野木三郎さんという方が書いている。郎の字だけ同じ名前で親しみを感じたので引用したが、なんと熱い文章だろう。あなたの問いに驚いたけど、大好きだ。

調べてみると、下記のような執筆陣がいたそうだ。正直、全く知らない。

詩人尾崎喜八、洋画の曽宮一念、エッセイスト河田槙、版画の畦 地梅太郎、写真家の内田耕作、作家の深田久弥、画文で辻まこと、随想では山口曜久、作家の庄野 英二、植物学者の宇都宮貞子、北海道の坂本直行、アイヌ文学の更科源蔵、画文の一原有徳など、 そうそうたる著名人が延べ600人も執筆した

引用:http://huwaku3028.com/wordpress/wp-content/uploads/2014/08/f736c124ad0d7ed4fe101c2275d897f3.pdf

B5サイズの全六八ページとコンパクトですらすら読める。山をテーマとしているが、山のコース紹介や知恵、山用具などの記事はなく、広告がいっさい無いのも特筆すべきポイントと感じる。

風呂から上がる瞬間、店を出る間際にくれた店主の一言を思い出す。

文芸誌には自然がいちばん合うと思いますよ。」

休日に贅沢にもお風呂に浸かりながら熟読してみたが、また『アルプ』を置くあの古書店にいかねばならない。